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認知症の方とケアの専門家が生活を共にする介護施設「グループホーム」。
ここでは一日として同じ日はありません。グループホームで繰り広げられた「心 温まる物語」をご紹介します。

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vol.8 「ありがとう」を言うのは私のほう!

エリアマネージャー
千葉県(女性・40代)
介護士経験 9年6ヶ月

昨年の今頃、私にとって、一人のご入居者様との出会いは強烈だった。
その爺ちゃんは大きな体で歩行器を使い、ゆっくりと廊下を歩かれている。

Iさん!と声を掛けると、
「何ら〜、なんか用か〜?うまいもんくれるんか〜?」と、山梨なまりの低い声が返ってくる。
顔を見ると、大きな体からは想像できない程のつぶらな瞳でこっちを見たが、笑顔はまったくなかった。

ホームのスタッフに話を聞くと、Iさんは暴力行為や暴言、人の言うことを一切聞かない人なので、相手にしないほうが良いですよとの事。

トイレに誘導しても拒否、食事も嫌いなものはぶん投げる、入浴時には噛み付いたり引っかいたりする、大きな声でスタッフを怒鳴り散らす..などなど…。
困難事例を聞くと、闘志に火が付く私は、ワクワクしながらスタッフの話に聞き入っていた。

その日から、Iさんと立ち向かう日々が始まった。

リビングで過ごすことの多かったIさんに、まず挨拶。
そこから話をするのだが、聞く耳を持たず、最後には、「おまんはうるさい!」とはじき返される毎日が続いた。

尿意はあるはずだが、面倒で立ち上がる気配もなく、ズボンは濡れたままで椅子に座っている。
声を掛け、汚れていることを伝えるが「うるさい!」の一点張り。

初めは黙っていたが、間違えていることをそのままにしておくのが嫌な私は、立ち向かい始めてから1週間後、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「汚れているのをそのままにしてたらダメ!痒くなったり病気になっちゃうから!」とIさんに向かって、声を荒立ててしまった。

認知症の人には、否定したり怒ったりしてはいけない。
と本や研修では教わってきたが、「ダメなものはダメ、人間として、してはいけないことをした時は厳しく言うのもあり!」と持論を持っていた私にとって、決して間違えたことはしていない。

今まで笑顔だった私が、いきなり豹変したものだから、Iさんもキョトンとした顔で私を見ていた。
しばらくして、「わかったら〜、トイレに行くずら〜」と、いつもの山梨なまりで答えてくれたときは嬉しかった。

そんなやり取りが何ヶ月か続き、少しずつIさんとの距離が深まってきたとき、Iさんが高熱を出した。
もう腎臓は、正常に機能しなくなっていた。
抗生剤や栄養剤の点滴をすると、体中に水分が溜まり、むくみがひどくなるため、必要最低限の点滴しか出来ず、左半身には水泡が出来るほどだった。
毛穴から出る浸出液を滅菌ガーゼに吸わせ、1日2〜3回取り替える。
点滴での栄養が摂れないため、大好きなバナナをミキサーにかけ、ゆっくり食べていただくなど、出来る限りのケアを行った。

そんな苦しい状況の中、Iさんは夜中に「お〜い!お〜い!」とスタッフを呼んでは、
「何かうまいもんくれ〜」
「さみしいずら〜」

と蚊の泣くような声で話していたその頃、往診の先生から「今後の対応について、ご家族を交えて話したい」と言われ、「どうどうこの日が来たか..」と覚悟を決めた。
今後の対応ということは、看取りの段階に入っていて、緊急時にどう対応するのか、家族の意向やホームの意向を確認するためだからだ。

元気なときは、ほとんど顔を出さなかった長男さんだが、先生からの話で事の重大さはすぐに分かってくれた。

「ここは父の家なので、最後まで面倒見てほしい、私も出来る限りの事はやりますから」と言われ、「わかりました、最後までお手伝いさせていただきます」と、自分にも言いきかせるように答えた。
スタッフにも協力してもらいながら、Iさんへ私たちができる最善のケアを尽くした。

この頃のIさんは、口からも栄養を摂取できなくなっており、体の中に残っている水分で生き延びている状態だった。
いつもなら朝、顔を見せるとニンマリと笑顔で迎えてくれるIさんが、苦しそうに息をしている。

「Iさん、Iさん」と大きな声で呼びかけると、うっすら目を開け、苦しそうな息づかいの中、ニンマリと笑ってくれた。

「来てくれたんけ、ありがとう。何かうまいもんくれ〜」
「バナナ食べる?」
「いいなぁ、バナナか」
「じゃあ、すぐに作ってくるね!」

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ありがとうなんて、Iさんの口から聞いたことがなく、涙が出そうになるのをこらえて、バナナをミキサーにかけ、居室へ急いだ。
苦しそうではあったが、意識ははっきりしていたので、バナナをそっと口に入れてみた。
「うまいなぁ、ありがとう。本当にありがとう」と話すと目を閉じたIさん。

私はバナナを食べてくれたIさんを見て「少しでも長くIさんと過ごしたい」と強く思った。
「もう少しで良いから生きて、Iさん!」心の中でそう叫んでいた。

いつものように、看護師さんが見えたときにバナナの話をしたら、看護師さんも一緒に喜んでくれたが、次の瞬間、彼女はいつもとは違う行動を始めた。
Iさんの呼吸数を測り始めたのだ。
「家族に連絡したほうがいいかもしれないですね..」
「えっ?朝バナナを食べてくれたのに…?」
「たぶんお昼前には…」
頭の中が真っ白になり、今までのIさんどの思い出がグルグルと頭の中を駆け巡った。

家族に連絡を取り、長男さんがホームへ駆けつけてくれた。
「親父!親父!」「Iさん!」ゆっくりと呼吸が止まる。
「親父ー!」と長男さんが呼ぶ度に止まったはずの呼吸が再び始まった。
2〜3度繰り返し、Iさんは息を引き取っていった。

「腎不全の患者さんで、こんなに安らかに息を引き取る方は見たことがありません。あなた達がIさんを思ってケアしてくれたのが通じたんですね。」と先生からお言葉を頂きました。

ご家族からも、「いい死に方だったと思う、親父も喜んでいると思います。」と涙を流しながら話してくださいました。

お通夜に参列したときも、「親父は最後まで、素晴らしい家族に看取られました」と話してくださり、「120%のケアができてよかった。」と改めて思いました。

今年の6月、スタッフと、「Iさんが亡くなってからもう1年経つんだね、早いね」と話していると、「ピンポ~ン!」玄関のチャイムが鳴りました。
「こんにちは〜」聞き覚えのある声の主は、Iさんの長男さんでした。

「お久しぶりです。皆さんお元気ですか?親父が亡くなってから1年が経ちました。皆さんには本当にお世話になり、ありがとうございました。最後まで家族でいてくれてありがとう。」

あの時と同じように目に涙を溜め、話してくださった長男さんの顔が今でも浮かびます。

とんでもなく「ワガママ爺さん」でしたが、本当のありがとうを言うのは私のほう。
Iさん、私と出会ってくれてありがとう!


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